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sihuku37

Author:sihuku37
横浜市生まれ&在住になるプロ野球ほかスポーツのファン。
地元『横浜ベイスターズ』を健気に地味に応援中~☆

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4月3日(金)に今季はセ・パ同時開幕☆しますが、
その開幕前に今年も勝手に”順位予想”しちゃいます。

プロ野球ファンの”年に一度の夢も期待も膨らむお楽しみ”~♪な訳です!!



まずはパシフィック(パ)・リーグです。

昨季も行ったのですが・・・

(2008年予想)
1、千葉ロッテマリーンズ・・・・(4位)
2、福岡ソフトバンクホークス・・・・(6位)
3、埼玉西武ライオンズ・・・・(優勝)
4、東北楽天ゴールデンイーグルス・・・・(5位)
5、オリックス・バッファローズ・・・・(2位)
6、北海道日本ハムファイターズ・・・・(3位)

※(カッコ内)は実際の順位。


全部、ハズしましたっ!(爆)
何よりマリーンズとホークスの完全不調に、オリの驚異的な躍進にびっくりひれ伏すだけでした。

29日(日)のNHK夜のスポーツ番組(”サンデー・スポーツ”)内でも解説者の村田兆治さん、大野豊さん二人の予想コーナーが放送されていましたが・・・
!!いくらなんでも昨季のイメージをそのまま反映し過ぎじゃないの?!と独りツッコミでした。

・村田
1位西武、2位オリックス、3位ソフトバンク、4位ロッテ、5位日本ハム、6位楽天
・大野
1位オリックス、2位西武、3位ソフトバンク、4位ロッテ、5位日本ハム、6位楽天

だそうです。


みるスポ”的の2009年(パ)順位予想は・・・・

1位 埼玉西武ライオンズ
2位 千葉ロッテマリーンズ
3位 東北楽天ゴールデンイーグルス
4位 福岡ソフトバンクホークス
5位 オリックス・バファローズ
6位 北海道日本ハムファイターズ


※それぞれのファンの方が観たら、ごめんなさい・・。あくまで素人の勝手な予想です。

※パ・リーグは”群雄割拠”といいましょうか、格チームでのチカラの差はそうそう無い印象なんです。
昨季の様に、一度、チーム調子も上向き状態へ入ったとき、連勝状態で、その好調時のチームを相手したときに劣勢になる!・・・それが6チームで順番にしかも度々にも交互にくるような―。
そういう意味でも今季も順位はコロコロと変化するんでないかな~
と思います。

ただ、埼玉西武ライオンズの春先からの頭ひとつ抜け出し的な大躍進は今季にはないのかな~と。打線のあの長打力、機動力は大きな武器ですし、さすがに他球団よりは抜きん出ていますよね!投手陣も昨季同様に整備されている様ですし、渡辺監督の選手操縦術は昨季で証明されていますし。若い選手が多いのに(多いから?)チームとしてのまとまりも昨季同様にブレていない印象ですし。優勝するには安定感が大事でしょうが、その安定感が西武にはあるような―。

その西武を中心にしつつ、同じタイプの千葉ロッテ・マリーンズの要所々にある大事な試合での踏ん張りを効かす事があると西武にも対抗できて面白いかな~と。逆にあっさり負け落すようだと昨季と同じで苦戦は必至でしょうか。
メジャーからの使者”井口効果”も期待かしら―。何より故障者が出なければ、そして持っているチカラを普段通りに発揮するようだと今季限り?バレンタインの有終の美を飾れるようなⅤの距離も自然と近まってくるんでないかと―。

さらに東北楽天ゴールデン・イーグルスはもう”穴”ではない存在かと。投・攻に”柱”となるチームの核が観えてきてますよ。投なら(やっぱり!)の岩隈&マー坊(田中)、攻なら中村ノリ!では無く、鉄平の存在が楽しみ♪ですよ。
野村監督の集大成(?)な”ボヤキ”にも期待!

あなどれない!!のが福岡ソフトバンク・ホークスで、このチームは正直、分かりません!!昨季の西武みたくなるかも!だし、昨季の自分トコ(後半に大失速)みたくもなるかも?だし―。
とても最下位になる戦力ではないかと思っていますが、松中、小久保に継ぐムネリン川や松田宣、本多といった若い選手がとても楽しみですよね。
投手では斉藤和が完全復帰すると岩隈(楽天)とも張り合えると思うんだけどな~
大場投手も期待しているんだけど・・・いきなりの自滅タイプなのかしら?。

4,5,6位チームはほんと!分かりません!!何がどうなるかっ!?
パ・リーグをより面白くさせるのが楽天の頑張りと、このオリックス・バファローズのさらなる頑張りに懸かっているかと思っています。このオリの外国人助っ人打線☆は迫力・破壊力は抜群!!だけど・・・なんだけど、いかんせん信頼度は薄く思えてなりません。いわゆる”つなぎの野球”と呼ばれる日本球界の志向とズレてるオリ打線!素敵です♪
あの投手陣も今季はどこまでその質を伸ばす事ができるのか?(う~ん、わからんデス。)

結局、6位にしてしまった(大汗”)北海道日本ハム・ファイターズ。なんですが、投手陣の不安要素と打線の迫力不足がその(個人的)要因なんです。ただ、この近年のチーム一丸の勝負強さ・勝負根性は決して最下位にするには失礼過ぎますね・・。
ダルは文句なしだろうけども、上位に喰い込むには、中継ぎ陣の充実と後ろの武田久の復調も絶対条件なはず。マイケルの代わり?林がどこまでいけるのか?
打線はリーダー稲葉頼りで、故障で抜けた場合の代わりがいないので、とても心配。ただでさえ迫力的に不足気味な印象なので―。
やっぱりこのチームほどスタンドの歓声がいかにチームを支えているかが分かるような。ファンの雪をも早く溶かしてしまうような熱い大歓声でチームの躍進を観たい!

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○攻走守にハマを蒼く賑わせた”スーパーカー”ゆたか号
w3たかぎゆたか
前回の原辰徳選手もそうなのですが、ボクの大好きなプレーヤーの代表格がこの高木豊選手です。この背番号3を背負い、スタジアムを走攻守で賑わせた好プレーはいつまでも忘れません☆

中央大時代の活躍を認められ1980年にドラフト3位で横浜大洋ホエールズに入団。持ち前の俊足と確実性ある守備力、そして巧打力は一目を置かれ、入団2年目の’82年からセカンド・ポジションに就き名遊撃の山下大輔ともコンビを組む活躍を魅せます。
3年目(’83年)には自身初の規定打席に到達し、打率も3割を記録(.314)します。
この年から打率3割越えを4年連続、通算でも8回を記録し、首位打者タイトル争いの常連へとなっていきます。※タイトル獲得は残念ながらなし。

4年目(’84年)には、念願の盗塁王(※意外にも”盗塁王”はこの1回のみ。ですが、”シーズン20盗塁以上は9回記録”しその走塁技術は卓越されていましたね。)にも輝き、攻撃面でのチーム・リーダーへと、またリーグを代表する好打者へと存在感も高めていました。

しかし、さらに球界・球史に名を馳せファンを魅了することとなるトリオ形成した一員?となります。
それが’85年当時の(故)近藤貞夫監督が提唱し実行された”スーパーカー・トリオ”(高木、加藤博一、屋鋪要)です。※当初は”スポーツカー・トリオ”の命名でもありました。
このトリオは、いわゆる機動力野球の真髄とも呼べそうな、打順の1~3番を俊足打者で揃え、安打でもセフティー・バントでも四死球でも、とにかく出塁すれば”ノー・サインですかさずゴー!”で疾風の如き華麗に2塁を陥れます。
相手バッテリーやベンチを恐怖のどん底へ突き落とすかのインパクトもありつつ、一世をも風靡したこのトリオは魅力的でもありました。
’85年には、その3人だけでの総盗塁数が”148個”と今では考えられない数字を記録しています―。

この”スーパーカー”の頃には定評のあった二塁手から守備力を買われ遊撃(ショート)へとコンバート。また、その後もチーム事情等で二塁手として戻ったかと思えば、90年代は三塁手としても活躍し貢献していました。その後も若手(石井琢、進藤ら)の台頭から一塁手へと守備位置は代えられつつも安定したその巧打力は健在でありました。

そんな1993年のオフに球団から本人もファンも誰しもが予期しなかった突然の”解雇通告”がきます。チーム事情(FAでの当時、巨人・駒田選手の獲得資金の捻出のため!?だとか・・)で、選手大量の解雇劇で、ファンはもちろんなんですが、選手ら本人はもっと(当然でしょうが)ショックだったでしょうね―。
これまで貢献してきた選手へのあまりに酷い球団側からの扱いに、この当時は各方面からも問題視されましたが、高木はあえなく、日本ハムへと”移籍”。
その日ハムでは思うような成績も残せずに、移籍1年目の1994年に現役を引退しました。


その後は解説者からアテネ五輪代表(いわゆる”長嶋ジャパン”時)チームのコーチにも抜擢され貢献。そして現在もフジTV系列の解説者として、現役と変わらぬ的確な着眼点を駆使しつつの選手へ情深い解説は個人的にも納得なのです。


これだけの好成績を残しながらもリーグ優勝経験や(日本シリーズ)出場が一度も果たせなかったのはファンとしても悔しいですね。



高木豊(たかぎゆたか)
1958年10月22日生 右投左打(両打)
山口県出身 多々良学園ー中央大ー横浜大洋・横浜ベイスターズ(’80年ドラフト3位入団)ー日本ハム
通算成績:1628試合、1716安打、316二塁打、88本塁打、545打点、321盗塁、816三振、打率.297
主なタイトル:盗塁王(1984年) 、ベストナイン3回 (1985年、90年、91年)、ゴールデングラブ(1983年) 、オールスター出場8回、オールスター最優秀選手 (1985年第1戦)

○”南アフリカ”の大地が観えてきたね☆

サッカー日本代表戦が行われましたね!
W杯の予選ですし大事な試合であることは当然!ですが、今後の(岡田監督率いる)代表チームの熟成度も気になる所でした....。
なかむらFK

2010年南アフリカW杯予選(アジア予選)
3月28日(土) 19:20(現地時間)会場:埼玉スタジアム2002
日本1-0バーレーン
☆ゴール:中村俊輔(後半2分)


・・・しっかし、何とも言えないゴール・シーンだこと!(”ナイスッ!アシストぉ~”と叫びつつも、笑ってしまいましたよ!^^)
まぁ、ゴ~~~ルはゴールですし、得点は得点なわけで~
こんなん”得点1”で素直に喜べますかっ!?

今日の(”の”ですね・・・。)試合も面白いか?そうではないか?・・・と聞かれれば、
とても”面白いサッカー”には(個人的に)観えません!!でしたけどもね。。
W杯予選なので、とにかく勝利優先なんですが―。
にしてもね~?
もうW杯も観えてきてるわりには、モノが、カタチが、方向性が観えてこない!と言いますか・・・。
そういう意味で面白味が少ないですかね。あくまで個人的な感想です。

FWはとにもかくにも!・・・”(相手ゴールぬ向かって)正面を向いてくれっ!!!”
そして”撃ってくれっ!!!”

と何度思ったことか―。



試合直後に行われた中村俊輔選手のヒーロー・インタビュー(?)で、聞き手の(報道)共同代表アナウンサーの方がわざわざシュートについてのコメントを聞いてくる事に、何か・・・
がっかり感もあったりなんですよね―。
あのTVでのインタビューは、会場のサポーターへのごあいさつ?か(広告)スポンサーへの配慮?なのか、他の何かの演出なのでしょうか?

質問されている選手の受け答えにも違和感と言いますか、無駄?な時間といいますか―。
後で共同でも個別でもちゃんとしたコメントを取っているのに・・・。



とにかく!!ホーム(開催)試合で勝利して良かったょ~
(と結局、一応に安堵なんですけどもね。。)


※日本代表チームと同じA組のカタール代表はウズベキスタン代表に0-4で敗れた!とのこと。
このために、日本代表は次戦6月6日のウズベキスタン代表戦に勝てば!勝てば!!・・・W杯4大会連続が決まる☆そうですよ。・・・おしっ!アフリカ大陸が観えてきたゾ~♪


※試合詳細は→sportsnavi(スポーツ・ナビ)サイト

偉大なる先代プレーヤーや、現在進行で大活躍している現役プレーヤーたちの功績や期待を(個人的な観点で勝手に)称えてしまおう!!という・・・
その名も
好きな選手列伝”。

栄えある(!?)第1回目の記念すべき記載ですが、

・・・華のあった現役時代から、現在の監督としても常に球界の第一線で活躍されている”若大将”こと原辰徳氏(2009年現在、巨人軍監督)の登場です。
”原選手”の活躍は、ボクにとっても自身のプロ野球ファン歴の第一歩と重なりますし、そのファースト・インパクトとして強烈にまでに大きく記憶に残っている野球人のお一人であるんです。




○O.Nイズムを継承し伝承する永遠なるプロ野球界の”若大将”
imgはらたつのり現役時代
”甲子園のプリンス”、さらには首都大学リーグでは2度の三冠王を獲得するなど、豪快な打棒と華々しいスター性とを兼ね揃え持っていた原選手。
王・長嶋というスーパー・スター選手を失い、新時代球界の到来とスター選手の誕生をも告げるべく1980年のドラフト1位指名(4球団の競合のすえ)を受け東海大から読売ジャイアンツへと入団しました。

入団当初のキャンプでは、本職のサード守備ではなくチームの構成上、サード中畑をレギュラーとし新人の原の目指されたポジションはセカンドでした。いずれはチームの主砲をと目されていた中畑との同じポジションによる競合を避け、セカンド篠塚(当時はまだ若手クラス)とのレギュラー争いをと考えていた藤田監督、王助監督をはじめとする首脳陣の構想だったそうです。
こうして、”二塁・原、遊撃・河埜、三塁・中畑”との布陣を組みシーズンを迎えたのですが、やはり不慣れの二塁守備ではベスト・パフォーマンスを披露できない原。そんな中、二塁の守備も慣れかけた頃の5月に思わぬところでケガの光明が起こります。
試合中に中畑の故障(骨折~戦線離脱)が起こり、急遽”サード原”が誕生します。サードの居心地の良さなのか、サードゴロを華麗にジャピング・スローでアウトに取るなど守備に打撃に大活躍し、結局この’81年シーズンは、22本塁打を叩き出し”新人王”に輝きました。
ルーキーながらONなきチームを日本一へとさせる原動力の一人へとなっていました。

’83年には自身初となる打率3割超え(.302)、打点王(103)、最多勝利打点王(その試合を勝利へと決める打点を打った者)のタイトルを獲得。
もはや内外から認知された主砲としてその年のリーグ優勝へも大きく貢献。
その功績からリーグ最優秀選手(MVP)にも輝き、ONなき後の栄えある”巨人軍の4番”として、チームを牽引”若大将”としてプロ野球界を代表する選手となりました。

”4番サード原”として、またその爽やかなプレー・スタイルは人気を博しつつ、時にファンの期待を裏切るファウル・フライをチャンスのときにわざわざ打ち上げてしまったり、時にチームの命運を決めるかの値千金な本塁打をガツンとライナー性の当たりでスタンドへ叩き込んだり―。
とにかく華のある選手像でしたよね。

プロ入り後、巨人の4番打者として1066試合に出場していますが、1000試合を務め超えているのは川上、長嶋、王と言った偉大なる先代4番プレーヤーとこの原の4人だけとのこと。
他に12年連続シーズン20本塁打以上、12年連続シーズン100安打以上を記録。また併殺打や三振数も少ない原はシーズン12犠飛(歴代2位タイ)の記録も持っているそうです。

ONを継承はら
’86年にその後の打撃に影響を与えてしまったと云われる”左手有こう骨骨折”のアクシデントがあったり、選手としての晩年を迎える頃には”アキレスけん痛”にも苦しんだり―。
チーム内の若手の台頭、次世代への補強等もあり、また守備の負担を軽減させるという名目のもと一塁手へ、そして左翼手からまた内野手へとのコンバートも頻繁になってしまったりで、そして遂に’95年10月に現役を引退します。
しかしながら原は、その自身のラスト・ゲームにおいても本塁打をかっ飛ばし最後の最後まで”若大将”としてファンを魅了してくれました―。
80年代以降、”巨人軍の4番のプライド”という言葉が最もよく似合う選手でもありました。


現役引退後、解説者やスポーツ番組のキャスターを経て、長嶋監督のもとコーチとして下積み経験を積み上げ、2002年には初監督(第一期)に就任。いきなりの日本一という偉業を達成。
2008年シーズンには春先から首位を走る阪神との約13ゲーム差をひっくり返す”新メイク・レジェンド”を敢行させ、リーグ優勝を奪取。
その活躍と功績を認められ同じく秋には、いわゆる”サムライ・ジャパン”(日本代表)監督のポストを王貞治氏から要請され受諾。2009年の第ニ回WBC大会の代表チームを見事2連覇へと導き、個性派集団をまとめ挙げたその言動や手腕は今後も高く評価される事でしょうか。

これからの日本球界の担い手としても期待されつつ、更なる活躍をもされるのではないでしょうか。


原辰徳(はらたつのり)
1958年7月22日生 右投右打
福岡県(神奈川県)出身 東海大相模ー東海大ー巨人(’80ドラフト1位入団)
通算成績:1697試合、1675安打、382本塁打、1093打点、894三振、打率.279 
主なタイトル:新人王(1980年)、リーグMVP(1983年)、打点王(1983年)、ベストナイン(1983、87、88、90、91年=5回)、ゴールデングラブ(1987、88年=2回)
最多勝利打点2回、オールスター出場11回



wbc2009のウイニングボール
↑WBC2009の”ウイニング・ボール”・・・まさに!”お金では買えない価値”プライス・レスな輝き☆ですね!

何かまだ”WBC”のあの熱い空気も漂っている様な世間の雰囲気ですが、
プロ野球のシーズンももうすぐですよ。

今季はセ・パ同時開幕なんですよね。(2009.04.03~)
横浜ベイスターズの開幕はナゴヤ・ドームの対中日ドラゴンス戦から始まるのですが、”地元”横浜スタジアムの開幕は、4月7日(火)からジャイアンツ3連戦になっております!

この4月7日の試合前に、WBC戦士の村田・内川両選手の健闘を称えるセレモニーを行うそうだというニュースを聞きました♪

”世界で一つしかないトロフィーが日本には二つある!”というその”WBC優勝トロフィー”も各球団持ち回りで貸し出されるそうですし、4月の早い時期には横浜スタジアムにもユニホームや写真などとともに展示されることが決定!されたそうです。(前回もトロフィーは全国球場を行脚していましたね☆)

う~ん、楽しみだ♪

活躍した内川聖一選手なんて、昨季の主要打撃部門総トリに近い大活躍をされてもまだまだ名前は全国区ではなかった様ですが、このWBCで一躍”時の人”扱い(苦笑)!?で・・・
昨晩はグーグルの検索サイト(ランキング)で、”内川聖一”がトップだったんですよぉ(大爆)。帰国会見やその後のTV出演で、自身の”ブログ”を宣伝していた効果も大だったのでしょ~

まぁ、ベイの選手はまだまだ無名?な選手ばかりみたいですし、ここはこの”波”に乗って、チームも選手も全国に名を轟かせて欲しいもの!ですよ。

IMG_0200週刊プロ野球セパ誕生60年

週刊プロ野球セ・パ誕生60年
と題された雑誌(創刊号)が発売されていました。

※詳しい専用サイトはこちら

これから毎月、毎週ごとに発刊されていくと言う、最近のよくありがちな発売方法タイプな”プロ野球専門”雑誌です。
発売号でその年に起こった出来事をカラー写真とともに細かなデータで記載されているので、データ好き、プロ野球選手好き、プロ野球史好き・・・そもそもが”プロ野球”ファンの方ならば、楽しめるのではないでしょうかね?!

今”創刊”号は、”1974年シーズン”ということで~
セ・リーグ(王選手、三冠王や長嶋選手の現役引退、中日ドラゴンズのⅤ10阻止したリーグ優勝・・・)、パ・リーグ(代打男、阪急・高井選手の球宴サヨナラHR、金田監督率いるロッテ・オリオンズの日本一・・・)を中心に記事にされていますね。

なにせ発行元が”ベース・ボール・マガジン社”(”週刊ベース・ボール”等々・・・)ですからね!
その豊富で信頼度のあるデータや当時の記事、写真は見応えありますよ=

これから全部で”50巻”も出るそうなんですけども・・・このお試し的(?)に購入した創刊号を観るかぎりでは、今後も購入頻度は高いかも!ですかね。
個人的には、出来れば(!)毎号発売方式でなくって、4~5冊程度で、”永久保存事典”的なものでも嬉しい♪のですがね―。

この”1974年”シーズンは自分の記憶にはありません!(’72年生まれなので。)なので、カラー写真は新鮮そのもの!また自分の記憶には深い’80年代以降の写真も楽しみになりますね。

プロ野球ファンの方ならば、オススメ!しておきましょう~♪
世界制覇Ⅴ2達成☆ スゴイよ~野球王国、我らがニッポン!!
第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)
2009/03/23(月)(ドジャースタジアム、18:38 日本時間:24日 10:38)

日本代表5-3韓国代表
(延長10回)

Ⅴ2じゃぱん

【投手】
(日)岩隈、杉内、ダルビッシュ-城島
(韓)奉重根、鄭現旭、柳賢振、林昌勇-朴勍完、姜ミン鎬

【責任投手】
(勝)ダルビッシュ1勝
(敗)林昌勇1敗

【本塁打】
(日)
(韓)秋信守2号ソロ(5回、岩隈)

【戦評】
 日本が延長戦に入る激戦を制し、連覇を決めた。三回に小笠原の右前打で先制し、1-1の七回には中島の適時打で勝ち越し。八回にも1点を加えた。九回に追い付かれたが、延長十回二死二、三塁からのイチローの中前打で2点を勝ち越した。
 先発岩隈は八回途中までを2失点と好投。九回から登板のダルビッシュは同点を許したが、十回は抑えた。(サンスポより)


Ⅴ2じゃぱん20090324
(上左)延長10回、”優勝”を決める最後の打者を奪三振で討ち取りマウンドで歓喜ガッツポーズのダルビッシュ有投手と駆け寄る城島捕手。
(上右)内川選手が掲げるトロフィーには、これまでチームの主砲として存在感を高め結果も残しつつも故障帰国をした”先輩”村田選手の”25番”のユニホーム。
(下左)この試合に限って言えば、打っては猛打3安打と、相手2塁打を阻止する強肩好守で”最高殊勲”級の活躍した内川選手。世界にも”ウッチーここにありっ”!を魅せてくれましたよ。
(下右)”サムライ・ジャパン”の大将こと原監督の号砲・合図のもと、歓喜のシャンパン・ファイトーッ☆


○団結力示して連覇=個々が持ち味、チーム力向上
 原辰徳監督の体がドジャースタジアムの夜空に舞った。3年前の第1回大会に続き、日本が16カ国・地域の頂点に。王座を守った選手たちは歓喜の輪の中で喜びをかみしめた。
 前回の優勝から、日本代表をめぐっては紆余(うよ)曲折があった。元阪神の星野仙一監督の下、「金メダルしかいらない」と臨んだ昨夏の北京五輪では、韓国に1次リーグと準決勝で敗れ、3位決定戦でもマイナーリーグの選手が中心の米国に苦杯。期待を裏切るメダルなしの惨敗に、日本中が失望した。
 続く第2回WBCでは、日本の力を再び世界の舞台で示すことが義務付けられた。しかし、監督選びは難航した。批判にさらされた星野氏は就任を辞退。「火中のクリ」とまで表現された役目には、一回り若い原辰徳監督が就くことになった。
~省略....
 就任の際、原監督が強調したのが「日本の良さは団結すること」。その言葉通り、団結を強めて組織の力を高めた日本。韓国との決戦を制し、再び頂点に立った。(時事通信より)





※・・・”チャンスのあとにピンチあり!”・・・”ピンチのあとにチャンスありッ!!”
そんな試合展開でしたね。
チャンスをモノにしたときと、ピンチを防いだときのその”団結力”。もう感動です・・・。
何がどうなるかも分からない試合後半の息詰まる攻防―。
世界一を決める”決勝”という舞台にある特別な緊張感とそれにふさわしい日・韓対決。
10回表、”神が降りてきた!”や”またひとつ壁を越えたような気が!”と表現していたあのイチロー選手の決勝殊勲タイムリー発生のとき、ボクは泣きましたよ・・・。ホント!感動したよ。。。
20090324いちろー殊勲打
イチローって本当、す、す、凄いよ~!!!

ボク的には”おめでとう”ではなく、”ありがとう”・・・なのです。
素晴らしい戦いと結果に、ありがとう!!!

日本野球、最高------ッ!!!!

まさか!?優勝するとは・・・正直、予想外だったりしています(スイマセン!!)
あと、”韓国野球”も素晴らしかったね!!
もうチカラの差なんて無いんだなぁ~と強く印象付けられました。
プロ野球のペナント・レース等でも、もっと韓国選手を観たくなりましたよね―。



○横浜の村田、「戦友」の快挙喜ぶ
 横浜の村田が「戦友」の快挙をたたえた。右太もも裏の肉離れでWBCの戦列を離れ、一足先に帰国。この日はオープン戦のあった横浜スタジアムを訪れ、球場内のテレビでWBC決勝を観戦。一喜一憂し、延長戦の末に日本の連覇が決まると「みんな日本のために頑張ってくれてよかった。うれしい。チームを誇りに思う」と喜んだ。
 「僕も最後まで戦いたかった」と無念さもにじませたが、「悔しい思いはない。原監督に使ってもらい、それに応えるだけの成績は残せた」と満足げ。日本の優勝決定後、同じ横浜の内川が村田のユニホームをトロフィーに掛けて絶叫したシーンはテレビで見なかったそうだが、「(内川は)チャンスメークしていたし、あの状況でヒットが打てるのはすごい」とうれしそうだった。(時事通信より)



=各談話=
原辰徳監督
「みんなすごいですね。すごい侍たちがそろって、世界の強者を相手に堂々と戦って勝利したから価値がある。目的は一つだった。一日一日チームがまとまり、団結して進化していった。それで最後までいい戦いができた。(イチローが延長10回に放った)あのセンター前(適時打)は生涯忘れない。」

星野仙一(北京五輪代表監督)氏
「本当におめでとう。投手の起用法が抜群に良かったし、選手もよくそれに応えた。日本の野球を取り戻してくれたこと、改めて野球の素晴らしさを実感させてくれたことに感謝の気持ちでいっぱい。」

長嶋茂雄氏
「最後まで粘り強く戦い抜いたサムライたちの姿に、これまでにない感動をもらいました。岩隈、松坂、ダルビッシュはメジャーのトップクラスの上をいく投球を見せてくれたし、打線のつながりも見事。才能あふれる選手を1つに束ね、勇気ある采配(さいはい)を振るい続けた原監督も世界に誇れる指揮官。全員が日の丸のために、持ちうる力のすべてをささげてつかんだ連覇でした。」

野村(楽天)監督 
「よく頑張ったねえ。アジアのレベルの高さを知らしめた。最近はメジャーに近づいてきた。野球はパワーだけじゃなく、スピードも必要。真のワールドシリーズができるように世界がなっていったらいいね。メジャー球団同士でワールドシリーズという、うぬぼれ(た考え)を少し懲らしめただけでも価値があった。」

渡辺(西武)監督
「タフな試合が続く中、全員が持ち味を出し日本野球の質の高さを証明してくれた。選手(涌井、中島、片岡)は疲れがあるだろうが、気持ちを切り替えて開幕に臨んでほしい。」

梨田(日ハム)監督
「稲葉もダルビッシュもそれなりに役割を果たしてくれたし、世界一になってくれてよかった。原監督は大変だったろうが、各チームの選手を束ねてよくやってくれた。」

バレンタイン(千葉ロ)監督 
「開幕前に米国のテレビ番組で日本の優勝を予想したので、うれしい。日本選手の能力が非常に高いことを改めて世界に認識してもらえた。」

落合(中日)監督 
「よかったね。おめでとう。」

大矢(横浜ベイ)監督
「手に汗握る接戦で、五分の戦いを粘りに粘った。どっちが勝ってもおかしくない試合。内川も活躍してくれて、誇りに思う。」

高田(東京ヤク)監督
「青木はオフからしっかりと準備していたのが、いい働きにつながった。(韓国の)林昌勇もうちの抑えとして(シーズンで)やってくれればいい。」

真弓(阪神)監督
「野球の面白さがすべて出たような大会。その中でも日本の野球は素晴らしかった。シーズンもWBC同様に盛り上げていきたい。」


※大会MVPは松坂投手。
だそうですが、選手、首脳、スコアラーやブルペン等々を支えていた裏方の関係者の皆さん含め、結果が結果ですから、全てがMVPですよね。
ベイスターズ所属の村田・内川の両選手も素晴らしかった☆(感涙)
あえて選手だけのMVPに絞るならば・・・個人的には”青木選手”かなぁ~。。

・・・あとはあの”宮崎”のキャンプ地から、一番最初に”サムライ・ジャパン”チームを盛上げていた野球ファンも素晴らしいかなぁ~とも思いました!あの宮崎の(語弊かもですが・・)”フィーバー”から、東京ドームでのラウンドの(世間の)注目度もすこぶる高かった印象でしたし―。



○サムライたちの帰国―。

一夜明けまして”サムライ・ジャパン”の代表チームが帰国されましたよ。
もちろん!イチロー、松坂といったメジャー所属選手はアメリカのこりです。今季もメジャーの各チームへ散っている日本人プレーヤーたちには、これまで以上の活躍もしてもらいましょうか☆


成田空港では、共同記者会見が行われましたけども、その場で、大会途中ながらも負傷退場~帰国を余儀なくされた村田選手へ優勝”金メダル”が監督から授与されました!(よかったね・・)
むらた金めだる授与~成田
↑脚を痛めている村田選手へ原監督が自ら近寄ってのメダル授与!そして、健闘を改めて称えるかのガッチリ!!握手☆

IMG_021かなすぽ IMG_021トーナメント
↑こちらは”優勝”を伝える”かなスポ”(3月25日付)の記事です。(右)はトーナメント表の記事。・・・プエルトリコにベネズエラやオランダといった代表チームとの勝負も観たかったなぁ。。

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