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sihuku37

Author:sihuku37
横浜市生まれ&在住になるプロ野球ほかスポーツのファン。
地元『横浜ベイスターズ』を健気に地味に応援中~☆

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ボクは今30代なんですが、勝ち馬投票券(要は”馬券”です。)を買える年齢になった頃に、その後の競馬史にも燦然と輝く伝説的な名馬が現役としてターフを駆け抜けていたのをとてもよく憶えています。

それまでの競馬界を支えていたベテラン競馬ファンのおじちゃん、おばちゃんはもちろん!!の事、当時では全然ッ!珍しいかった若い女性の方、カップルさん方をも巻き込んだ言わば”社会現象”ともなっていましたよね。
それまでも競馬ブームはありましたが、それこそ”空前の”オグリ”ブーム”!!!だったでしょうか。
オグリ人形とかすごく流行っていましたからね♪(笑)
車内にそのオグリ人形をいっぱい飾って置いてあるクルマをよく見ましたぁもん☆

伝説的怪物名馬オグリ死す! 伝説的怪物名馬オグリ死す!

当時、それはそれは凄い!!競馬ブームで、その代表・中心にいた人気・ヒーロー馬こそが、、、
『芦毛の怪物』ことこのオグリキャップでした。

彼はいわゆる”地方競馬界出身”の田舎もん!(笑)でした。
JRAの中央競馬界は最高級品種の馬たちが各年代で競い合う、まさにエリート競走馬の集まりです!
※重賞レースの”GⅢ、GⅡ、GⅠ”なんてクラスはある意味、エリートの中のエリートと呼べるでしょうか。

そんな中に突如!颯爽!と新風の如くオグリキャップは登場してきました☆
エリート馬たちをなぎ倒すかの様に勝利を重ね、ついには”GⅠ馬”としても出世し、いち田舎馬がエリート中のエリート馬を倒す!という、なんともドラマチックなレース、勝負を行っていたんです!彼は…。

その名を全国区にした印象の強いレースがやはり有馬記念でしょうか!
中央競馬界のその一年の締めくくりでもあり、年度最後の大きなグランプリ・レースです。
その年の年度を代表する馬への投票をファンから集い、その人気投票数上位と獲得賞金上位として認められた銘馬だけにレース出場を許されるという、馬たちにとっても、それに携わる(調教師さんや馬主さんら)人間たちにとっても、そして競馬ファンにとっても、大変に注目度の大きな年度最終レースなんです―。


1989年(オグリ5歳)の時。
もはや人気・実力の両面で”強さを増したオグリ”として評論家、ファンからも絶大の支持を受けるようになっていたオグリ。
有馬の前走だった”ジャパンカップ”での活躍がよりオグリの評価を高めるものになっていました。
しかし、周囲からの注目とは別に連戦レースしているオグリには大きな疲労感もあった様で、それを承知の上で有馬記念に出場するのですが・・・結果はレース終盤にペースも落ち5着という(ファンからするとまさかっ!?の)惨敗!!!でした。

翌’90年(オグリ6歳)の時。
有馬の惨敗を引きずるかたちで年度初めから調子を落としたものの、春5月に行われた安田記念では(当時の)コース・レコードを更新する復帰を飾ります。
続く春オールスター・レース”宝塚記念”で事件は起こります。
調子を戻し期待されての2着ではありましたが、、、そのレース後に”足の故障”が発覚!(”骨膜炎”を発症する―。)

これまでの連戦を駆け抜けた代償をここに来て受けるカタチと見られ…それはそれは大きなニュースにもなりました。
新たな若い世代のファンを生みつつある(当時の)競馬ブームの中、その人気馬不在は競馬界にとっても大きな痛手でもありました。


故障からのいよいよの復帰戦となった秋ジャパンカップ(外国産の有力馬vs国産馬の対決レース)では、その故障の影響でしょうか?成績は全く振るわずの11着…。
オグリ人気に陰りも見え始めたその頃!?だったでしょうか―。

これまでの故障による影響や不調を配慮する声やまだまだオグリ人気に乗ろうとするファンやら、その影響力は衰えていませんでした。
が、ついには”引退”をも取り沙汰される社会問題になる中、オグリは現役最終のレースとして選んだのが昨年、惨敗を喫したあの”有馬記念”の舞台でした。

当初は言わば故障明け、不調という立場から体調面も不安視され、新時代を掴んだスターホースとしてのその評価も決して右肩上がりでは…なかったと思います。
もはやオグリの時代は終わったと嘆くファンだって少なくなかった思います!

全てにおいてオグリへの心配や不安の高まる国民的注目の中で行われた”第35回有馬記念”。
その時、この大舞台でまさに!!彼は”怪物”そして”伝説”へと昇華されましたぁ!!

中山競馬場の坂道の第3コーナーを回って、それまで馬群にいたオグリは大外から抜け出す様に集団ともに第4コーナーへ。
そして最後の直線コースでは、ライバル馬4頭との必死のムチの叩き合い!!
残りライバル馬が3頭…2頭…と脱落して行く中、さらに残り標識も”200”を過ぎた頃にはついにオグリは先頭へ!
昨年のいや、これまでの屈辱を一気に晴らすかの様な怒涛のラストラン披露!!!
最後の最後でオグリのライバル、メジロライアンの強烈なまでの追い上げを制し、見事っっ!!!有馬記念を自身の引退レースという節目の中での1着優勝を獲得!!!!
引退レースにして最期の大復活!!!でありました。

伝説的怪物名馬オグリ死す! 伝説的怪物名馬オグリ死す!

このオグリの歴史的復活レース劇を目のあたりにし、全ての競馬ファンいやそれ以外の一般の方々までもが感動し涙しつつ、拍手と声援とを送り続けていました。
競馬界の国民的ヒーローです。

場内、とても大きな”オグリ~ッ、オグリ~ッ♪コール大合唱!!!
それを受け声援に応えるオグリと(当時、新進気鋭の天才)武豊騎手。
それはこれまでの競馬界でもとても珍しいかつ新時代を告げるかの出来事、シーンだったかと思います。

オグリがこれまでに披露した戦歴やレースは、大きな大きな感動とともにその名を歴史に刻むこととなりました。

”クラシック三冠馬”でない馬(ましてやデビューは地方競馬だった!)が、ここまで人々の記憶にも記録にも残るって…
みんなから愛され可愛がられた素敵で偉大な芦毛のホースだったんだ!
と言うのが分かるかと思います。

今でも競馬に詳しくない方や馬券を購入されない方にだって…きっとその名を聞いたことは多分にあると思うんですよね。。。”怪物”オグリキャップと―。


改めて、、、

 オグリキャップ ありがとう!!!
  
    ご冥福をお祈りします―。



そしてオグリが伝説となった…有馬記念での見応えあるレース!



○「芦毛の怪物」オグリキャップが死亡
伝説的怪物名馬オグリ死す! 伝説的怪物名馬オグリ死す!

 多くファンから人気を博し、競馬ブームを支えたアイドルホースで「オグリ」「芦毛の怪物」などの愛称で呼ばれたオグリキャップ(牡25歳)が3日、余生を送っていた北海道・優駿スタリオンステーションで、脚部を骨折して死亡した。

 オグリキャップは1987年に地方・笠松競馬でデビュー。12戦10勝と圧倒的な成績を残し、1988年に中央競馬(JRA)に移籍した。中央競馬では引退レースとなった1990年の有馬記念を含む重賞12勝(うちGI4勝)という偉大な記録を残した。通算成績は地方、中央を含め32戦22勝。
 競走馬の引退後は種牡馬となったが、中央競馬での重賞勝ち馬を出すことはできなかった。主な活躍馬にクイーンS2着のアラマサキャップや小倉3歳S2着のオグリワンがいる。地方競馬ではアンドレアシェニエ(牡9歳、現役)が14勝を挙げている。2007年に種牡馬を引退し、余生を過ごしていた。

 オグリキャップは父ダンシングキャップ、母ホワイトナルビー、母の父シルバーシャークという血統。笠松時代は鷲見昌勇厩舎、中央時代は瀬戸口勉厩舎に所属。1988年にJRA賞最優秀4歳牡馬、1990年にはJRA最優秀5歳以上牡馬および、年度代表馬になった。


△引退レースに騎乗した武豊騎手の話
「競馬の歴史にすごい名を残した馬に2度騎乗させてもらって本当にありがたかった。誇りに思う。オグリを知らない若い世代のファンもいらっしゃるので、あのスーパーホースのすごさを伝えていきたい」

△オグリキャップを管理した瀬戸口勉元調教師の話
「大変残念です。ファンの馬だから、皆がっかりするでしょう。引退レースに勝ったのが忘れられない」

△増沢末夫元騎手の話
「ああいう名馬だし、亡くなるというのは残念ですね。骨折ですか…」

△笠松競馬時代の装蹄(そうてい)師の三輪勝さんの話
「長生きをしていたから、いずれはと思っていたが、悲しい。元気な時にもう一度会いたかった」
(サンスポより)



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コメント

OASI-Z :

sihukuさん、こんにちは

オグリキャップってG1成績だけ見ると、4勝(2着4回)という、それほど強い馬ではなかったのだと思います。
それ以前のシンボリルドルフや、その後のナリタブライアン、ディープインパクト、最近のウオッカの方がG1勝利数は上なのです。

ではどうして皆が、オグリの走りに夢中になったのかというと「芦毛」「非エリート血統」「鬼脚」「接戦」「騎手の交代」「オーナーの交代」といった、色々なキーワードとドラマが背景にあったからだと思います。

sihukuさんも書いておりますが、5歳の有馬記念には出来れば出走しないで欲しかったのですが、あれだけの感動を国民に与えてしまったので仕方が無かったのでしょうね。
あの有馬で、骨折をしなかっただけでも良かったと思います。

判官贔屓が好きな、日本人のツボを見事に押さえた名馬でした。そして、オグリの走る姿に国民が勇気を貰っていた「競馬の幸福な時代」だったと思います。

この先、恐らくあんな馬は二度と出てこないでしょう。合掌。

KOJI :

オグリキャップが残した功績、それ以上にあのラストランとなった有馬記念での激走は、忘れらない記憶として多くの人の心に残ったと思います。

またイナリワン、スーパークリーク、タマモクロスといったライバルたちとの死闘もあり、ホントにあの時代の競馬は熱かったですよね。

そんな競馬も年々人気に陰りが見られ、売り上げ低下が叫ばれますが、またオグリキャップのような救世主が現れることを期待したいです。

sihuku :

OASI-Zさん こんばんわぁ!

>それほど強い馬ではなかったのだと思います。

そうですよね!!!成績を見ると、それより好成績の馬はまだいますものね。。
なのにッ、ここまで伝説化されてる馬というのもスゴイなぁ~♪デス。
※ナリタブライアンは知り合いがすっごい好きで、その三冠になる全然以前の新馬の頃?から彼を推してましたね。。(彼は強かったですよね!長~中~最後は短マデ・・・オールラウンドに走ってましたね♪)

>色々なキーワードとドラマが背景にあったからだと思います。

そういう”背景”に弱いボクです(苦笑)。
日本人、そういうのに弱いですよね。。

>5歳の有馬記念には出来れば出走しないで欲しかったのですが~

当時はそこまで競馬という世界は全然無知でしたので、、、さきほどの”背景”ばかりが(自身でも)クローズアップでした!
かなり強引な日程だったんですね。

>「競馬の幸福な時代」だったと思います。

多分に20代、30代?40代??の方々はみんなしてこのオグリで、競馬という賭け事のギャンブルではなくヒューマン・ドラマのあるいちレース競技として見始めた世代???なのかな~と思います。…どうなんだろう???

あの頃、それこそみんなして世間にお金が溢れていた時代でもありましたが、”金儲け”イコール競馬で勝つ!ではなく、スター・ホースとともに夢を見る(ための馬券購入!のハシリ!?)みたいな印象が強かったです。

オグリ以前でも、歴代ですばらしい名馬はたくさんいますが、(ボクも)きっかけを作ってくれたのはこのオグリでしたぁ。。

コメント、ありがとうございます。

sihuku :

KOJIさん こんばんわ!!^^

>あのラストランとなった有馬記念での激走は、忘れらない記憶として多くの人の心に残ったと思います。

やっぱり!あのレース、あのシーンはタマりませんよね。今でもこうして映像で観ることが出来ますが、ボクも久々に観て、やっぱり興奮しましたぁ!

>またイナリワン、スーパークリーク、タマモクロスといったライバルたちとの死闘もあり~

”スーパークリーク武豊”・・・”ダビスタ”では全く歯がたちませんでしたッ!(笑)
なんか、、、懐かしい名馬たちですね。。

>またオグリキャップのような救世主が現れることを期待したいです。

!!!そうですよね。(と、言いつつボクも全然、馬券を買っていません!汗”)
ウオッカとか、ディープインパクトのこども世代の活躍に期待ムードみたいですね!
※ウオッカはまだなのかな???

最近、競馬(重賞レース)すらあまり観てなかったのですが、、、また気になってきましたぁ!^^
”救世主”の登場!欲しいですよね。

コメントありがとうございます。
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